ふくしまのシェフが読んだ|辛い時期を乗り越え幸せをつかんだ物語

福島に住むとあるシェフが、辛い時に読んだ「辛い時期を乗り越え幸せをつかんだ」人々の物語

家族 病気・けが

家族の看病と仕事の板挟みで退職を決意。良い仕事に巡り合えました。

投稿日:2017年7月18日 更新日:

26歳の時に父が亡くなりました。

 

25歳の時に55歳の父が肺がんで入院。

 

その頃私は残業時間の多い販売の仕事をしていました。

朝7時出勤で夜22時過ぎまで働いていたため、お見舞いに行けるのは休みの日だけでした。

 

当時は母もまだ正社員としてしっかり働いていて、妹は高校生でまだお金のかかる時期。

母も私も妹もなかなか看病に行けず、もどかしい気持ちで過ごしていました。

 

亡くなる1か月前、上司に相談して降格扱いにしてもらい、勤務時間を朝7時から18時までにしてもらいました。

それからは仕事の帰りに毎日病院に行きました。

 

父は癌の痛みのせいか、薬の副作用のせいか、精神錯乱状態になってしまい、看護師さんや家族やに対して暴言を吐いたり暴力を振るったりするようになりました。

 

職場では皆に早く帰ってズルいと陰口を言われ、病院に行けば父親から暴言や暴力があり、私は肉体的にも精神的にも疲れてしまいました。

もう限界、と思い仕事を辞めることを上司に伝えました。

 

それから1週間後に、突然父は亡くなりました。

 

私も家族も父の看病で疲れ果てていて家の中は荒れ放題。

親戚や近所の人が家の掃除をしてくれました。

田舎に住んでいるため、夜中であっても線香の火を絶やしてはいけない、近所のだれよりも早く洗濯を干さなくてはいけないなどの、昔ながらのお葬式の風習が残っていて、亡くなってから初七日までは寝る暇もないくらい大変でした。

仕事を辞めると言ってしまったので、心身ともに疲弊したままで転職活動を始めました。

 

そして家の近くの病院の事務の仕事に就職することになりました。

それまでの仕事に比べて勤務時間も短く、収入も上がり、福利厚生もしっかりしていて大成功の転職でした。

それからは順調に仕事を続けることができました。

 

父の看病やお葬式などは大変でしたが、そのおかげで良い仕事に巡り合うことができました。

あの時、追い詰められて退職を決意して本当に良かったと思っています。

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